深夜アニメのジェンダー観
どうも、ワンダです。
今回から常体で書いていきたいと思います。
今回取り上げるアニメは、山﨑みつえ監督動画工房制作による『月刊少女野崎くん』である。
今作は動画工房最大のヒット作の一つであり、知ってる方も多いと思う。今回は、今作が少女漫画の伝統を深夜アニメの文脈で継承している点を中心に、今作の特徴を説明したいと思う。
まず、ヒロイン佐倉千代がひょんなことから少女漫画家である同級生野崎くんのアシスタントになる導入がシンプルで良い。
漫画家とそのアシスタントという軸を中心にすることで、人間関係も非常に見やすいものになっている。
たとえば、主要登場人物の過半数を野崎くんのアシスタントとして採用することで、高校と漫画作業場という二つの空間を設置することが可能となり、キャラクター個々の属性が際立つのだ。
ギャグとしては、主に少女漫画家なのに恋愛経験が皆無の野崎くんが周囲の人物や日常的な出来事をモデルに漫画を描くことから生じるズレやギャップが笑えるし、他にも暴力的なのに実は美声な同級生や演劇部の花形イケメン女子といったラブコメでお馴染みのキャラが織りなすギャグが作品にある種古典的な安定感を与えている。
総じて恋愛よりもギャグに主眼が置かれた作品であることもあり、三角関係など恋愛描写が重くなったり深刻になることはないため、心理的なストレスを感じることなく安心して観られることもポイントが高い。(これは逆に言えばそういった入り組んだ人間関係を求める人には物足りないかもしれないが、それなら別の作品を観れば良いだけの話だ。)
何より、野崎くんを想う佐倉千代の素直で純真な気持ちが、当時新人だった小澤亜李の初々しい演技に支えられて真っ直ぐに伝わってくることが、この作品を安心感のあるラブコメとして成立させているように思う。
ラブコメはゴテゴテした装飾を施すよりも、シンプルな設定の上でギャグ要素と恋愛要素を展開させるのが一番楽しいわげだが、今作はその条件に見事に一致しているのだ。
前述した通り、今作はヒロインの佐倉千代の魅力が作品を支えている。
これは全キャラクターについて言えることだが、キャラデザが非常にシンプルだ。しかしこれは決して無味乾燥という意味ではなく、無駄が削ぎ落とされているという意味である。無駄のない美しい完成されたデザインなのだ。また、余計な装飾がない分、そのキャラの言動や個性が直接そのキャラの魅力として伝わる。
千代は頭につけた大きなリボンをトレンドマークとしている。これは少女漫画では伝統的なヒロインのモチーフであり、古くは『はいからさんが通る』、最近では『ニセコイ』などがその例として挙げられるが、このモチーフ一つで過不足なく千代がヒロインであることを明示しているデザインは本当に美しい。
近年の深夜アニメにおいて、「おっぱい」や「パンチラ」はもはや様式美のように用いられることが多い。それはそれで意味のあることだとは思うが、そういった深夜アニメの様式美に囚われない今作のキャラクターデザインは高い評価に値するだろう。
そういったジェンダー観を踏まえて考えると、漫画家とそのアシスタントという構図は、一見すると男女の従属関係といったお約束的イメージを喚起するかもしれない。しかし今作では、背景やトーンなどで一緒にアシスタントとして働く男性キャラを設置することで、安易な男女従属性からの脱却に成功している。
作業場においての千代はあくまでも他のキャラと同じアシスタントであり、それは労働者として男性と対等な立場を有していることを示しているのだ。
最も顕著なのは、アシスタント兼学園の人気者ミッチーこと御子柴の役割である。彼は一見するとイケメン美男子だが、その実オタク趣味を持つナイーブな青年、すなわち心は乙女なのである。
野崎くんはそんな乙女心に満ちたミッチーを、自身の漫画ではヒロインのモデルとして用いている。
これにより、ミッチーは作中では男だが、作中作では女として顕在化する。そのためか、他のキャラは主人公2人を中心にパラレルなカップリングが存在するのに対し、ミッチーだけは作中においてカップリングが存在しないのだ。男女の異性愛を描いているようで(本筋は確かにそうなのだが)、異性愛規範から外れたキャラをも設置している。既存の男女二項対立に囚われない、自由なジェンダー感覚がそこにはある。
元来、少女漫画ではゲイやレズビアンが肯定的に描かれ、百合やBLは王道として存在感を発揮してきた。
つまり少女漫画とは本来的にジェンダーフリーな芸術媒体なのであり、『月刊少女野崎くん』はその系譜にあるのだ。
最後に、オーイシマサヨシのOP『君じゃなきゃダメみたい』と佐倉千代(CV小澤亜李)のED『ウラオモテ・フォーチュン』が名曲である。前者は「平成アニソン大賞」において作曲賞を受賞した作品であり、オーイシの天才的な音楽センスに溢れた快作だ。後者は千代の野崎くんを想う気持ちがひしひしとユーモラスに伝わる可愛いらしい楽曲となっている。
以上、今作は、深夜アニメ的なギャグテイストを保持しつつ、同時に少女漫画的なジェンダー観を再現している、大変稀有な傑作なのだ。
文句なしに10点。
また、本ブログを書くにあたり石岡良治著『現代アニメ「超」講義』を参考にしたことをここに明記する。